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私も『燃費が良くなった』 [終活]

数年前に鬼籍に入った父、生前老境に入ってから、しばしば『燃費が良くなった』と口にしていました。



車好きだった父らしい言い草です。

つまりは食事の量のことですが、あまり食べる必要が無くなったとか、食べられなくなったという意味です。

父らしい『そんなに食わなくても、オレは充分動けるんだ』という矜持もあったように感じました。



私は年を越したら67歳。

数年前から食が細くなり、、まさに『燃費が良くなった』気がいたします。

腹を一杯にするより、少しだけ(できれば美味しいものを)食べれば良いと思うようになりました。

父が上のセリフを言い出したのは、70代後半になってからだと記憶します。


という事は・・・・

私の天寿も、父より15歳ほど短くなるのでしょうか。

まぁ、それはそれこそ”天寿”ですから享受しますけど、なんか基礎代謝が悪くなったというか、チカラが湧いてこない。

身体が熱を作りずらくなったのか、寒さが身に沁みます。

枯れてきた?





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主夫の鏡となる [終活]



ほぼ20年ぶりに帰国し暮らし始めて、思いもかけず、経済的に困難な暮らしぶりとなりました。

津軽じょっぱり、最愛の奥様Mの助っ人となるべく、こうして私の主夫と内職を中心とした日々が、2年半前に始まりました。


しかし、主夫(or主婦)ってのは大変な仕事です。

この歳になるまで、ちっとも分らなかった。

何が大変かって、毎日延々と続く単調さ、そして主夫(or主婦)労働は、評価というか金銭的な対価が朧気(おぼろげ)です。

大いなる愛情と責任感をもって、ほぼ時間無制限、勝ちも負けも無い一本勝負です。

こいつをひと様に頼めば、幾らの請求が来ることか・・・。

今は亡き母の偉さを実感します。

家計の遣り繰り、子育て、洗濯・調理・掃除、毎日のルーティーンワークetc・・・どれひとつとして投げ出すことが許されない。

クサルわけにもいかない。

焦らず、腐らず、投げ出さず、諦めず。


だけど、もうこうなったら”主婦の鏡”というものを見極めたい気もします。

もうどうせ生きてもそう長くないし、やるっきゃないと実感します。

まるであの、ギリシャ神話の”シジフォス(シーシュポス)の岩”。

ちょっと大袈裟だな・・・・








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寒くて走る気がしない [終活]

この一週間ほど、気温が低く天気も冴えません。


ほとんどジョギングに行っていません。

言い訳すれば家事雑用が・・・とかありますが、多分本当は気力の問題。

個人差はあっても、結局、老いから逃れることは出来ない。

例外なく、生命は生まれた時から、死への道を歩みます。



あとは最後の花道をどう飾り、死と、どう折り合いをつけるかを考えて楽しむ。


『ラストスパート』じゃなくて、私の気持ちは"ウィニング・ラン"です。

とりあえず、明日からは寒くても走りを楽しみたい。


いつまで走れるか分かりませんが、走るたびにウイニングランのつもりで。



予報によれば、25度以上の日は来年までお預けのようです。


来年の事を云えば、地獄の鬼が笑います。


カネも名誉も地位も、贅沢な食べ物もいらない。(全部もともと無いけど)


強い日差し、高い気温、欲しい! 恋しい!








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訃報の回覧板 [終活]

他所の事情は分かりませんが、我が在所の町内会、”訃報の回覧板”が多いと感じます。

通常と違い、訃報の回覧板は『手渡しで早く回すように』というルールです。


続くときは続くようで、週に2回なんてこともよくあります。



何処も一緒かも知れませんが、お年寄りが多いせいでしょう。

ブライダルホールが、セレモニーホールに商売替えするわけです。


生き死にで云えば、産まれたお祝いの回覧板ってのは聞きません。

有ってもオカシクはないと思うのですが・・・。




長年お世話になったフィリピンでは、子供の1歳の誕生日を町内・親戚で盛大に祝う習慣があります。

洗礼の祝いを兼ねていることも、多かったです。




ちなみに訃報の方は高齢者がほとんどで、2年半前にこの地に越してきた私にすれば、存じ上げない方ばかりです。

仮に、向こう三軒両隣や、普段からお付き合いのある家でしたら、回覧板がなくとも人の生き死には分かります。

町内中に回覧板で訃報として公知することは、私としては、少々違和感を感じます。



ひとつ言えることは、私のときには「それは勘弁して欲しい」ということです。



追記:今日14日午前中、新たな訃報の回覧板が回ってきました。
今週の3人目です。84歳とか・・・仕方ないことでしょうが、切ないものです。お向いさん曰く『季節の変わり目だから・・・・』








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あの世に睡眠はない? [終活]

私の『体内時計』が、去年からオカシイです。

寝る時間は、その日の内職やTVによって夜10時から12時の間です。

これはまあ普通でしょう。


問題は起きる時間。

早いと午前12時半(こんな時間に起きてどうしたら良いのか、わかりません)。

普通で3時頃(少し抵抗してから起きる)。

4時前後(内職始めるのにちょうど良い時間だから、サッと起きる)。

睡眠がこれだけですと身体が持ちませんから、昼食後、小一時間横になります。



私は物心ついた時から早起きです。

自然に目が覚めるたちです。


他の人の話には、『寝坊した』とか『寝過ごした』とか、『昼まで寝てた』なんてよく出てくるようです。

たぶん私だけではないと思うのですが、私にはそんな経験は少なくとも23歳以降、一日たりともありません。

昔は若さで疲れていても、徹夜でも、やるべき仕事や自分がやりたい事があったし。



まぁ、それでも今まで生きて来れたので、どうって事ないのでしょう。

しかし、信じがたいのは、朝までグースカ寝れる年寄りも結構いることです。

年寄りってのは、早寝早起きが常識と云うか、自然にそうなるものと思っていました。



乱暴な仮説ですが・・・

死後、ま『あの世』に行ったとしたら、あの世では睡眠(という過ごし方)はないんじゃないかと、私は思うのです。

何故なら、逆に云えばこの世で睡眠が必要な理由のほとんどは、”肉体”があるが故だと思うのです。

たとえば、疲れとかストレス、脳の記憶の整理、夢を見るとか・・・・

もしあの世があるなら、それは肉体の無い100%スピリチュアルな世界でしょう。

つまり、睡眠は不要なんじゃないかと思うのであります。

すると、”時間”という概念も無いだろうし、時差ボケや眠気なんて無縁なのであります。



ですから、年寄りが眠れないとかやたら早起きってのは、近々あの世で暮らすための必然的なトレーニングのひとつなんじゃない?


だとすると、睡眠時間の長い『寝坊スケ』な年寄りは長生きするのか?







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極楽浄土へ [終活]



走りたい  日の出がいざなう   西方浄土




朝5時過ぎに明るくなったので、内職を一時中断してジョグに出ました。

日が昇るほど暑さがきついから、今時は早めに走るに限ります。

そして懲りずに一句ひねりました。


我が国では、ほぼ一年中、日は東から昇り西に沈みます。

(南北の高緯度国では、様子は少し変わります)




さてここで、いつものイラナイ(句の)解説。

朝、東の空の太陽も半日すれば西に沈みます。

西方と云えば、少なくとも300年以上、我が家の菩提寺である寺の云うところの“極楽浄土”のある方角であります。

朝日と共に走ってゆき、そのまま西方の浄土とやらに入り、走ってみたく感じました。



『浄土』とは、どんなところなんだろうか。

実際に行ってきた人が居ないので、全く分からないけど・・・

と云うかだいいち、本当に有るのか?



まぁ、いずれ分かるでしょう。









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神業(かみわざ) [終活]

たったひとりで、2歳児を発見し救出したボランティア・尾畠さん、畏れ入りました。

神業(かみわざ)とは、こういう行いを言うべきでしょう。

尾畠さんの云われる『社会に恩返しがしたい』とは、私のようないい加減な年寄りでさえ思っていることです。

しかし、思いを”信念”に変えて行動する人は少ない。

偶然とは言え、あのお騒がせの山根会長と同い年、78歳です。

言っちゃ悪いですが、”神様とピッコロ大魔王”くらいの差がありそうです。


共通点は、頑(かたく)ななこと?


それにしても、警察は、『150人体制』で丸2日も探していて何の手掛かりも得なかった。

警察が無能なのか、尾畠さんが凄すぎるのか?




願わくは、警察は尾畠さんを最大限の表彰で讃えて欲しい。

織畠さんのほうは、荷物が増えるだけだから不要かも知れないが、持ち前のボランティア精神ゆえに表彰を受けたりして。





活動費は年金から 風呂も断った尾畠さんが貫く信念


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180816-00000034-asahi-soci


(上の本文)


山口県周防(すおう)大島町で3日間行方不明だった藤本理稀(よしき)ちゃん(2)=同県防府市=を発見した尾畠(おばた)春夫さん(78)は、大分県日出(ひじ)町から軽ワゴン車で駆けつけ、1人で捜索に加わっていた。全国各地の被災地で活動してきたボランティアのベテランだった。

「私はボランティアだから、そういうのはもらえません」


理稀ちゃんを家族に引き渡した15日、祖父から風呂を勧められた尾畠さんはそう断った。軽ワゴン車に食料や水、寝袋などの生活用具を積み込み、助ける相手側に迷惑をかけないのが信条。「自己完結するのが真のボランティアだ」と言う。活動費は自分の年金から捻出している。


元々は魚屋さん。捜索中、理稀ちゃんに気付いてもらえた「よしくーん」という大声は、店先で鍛えたものだ。ボランティアを本格的に始めたのは、大分県別府市にあった店を閉めた65歳のころ。「学歴も何もない自分がここまでやってこられた。社会に恩返しがしたい」と思ったからだ。








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「円形白髪症?」 [終活]

午前中、独りの時、玄関内で裸になって、恒例のセルフ床屋をしていて気が付きました。

頭頂部の前のほうに、直径4センチぐらいの丸い白髪帯?が・・・・

年々白髪が増えてきてヤンナっちゃってますが、こんなのができていたのは知らなかった。

円形脱毛はストレスが原因とか言いますが、円形白髪は?・・・

笑っちゃうほど面白いので、<要 観察指定>と致します。






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あとは野となれ山となれ [終活]

他人様にはどうでもイイことでしょうが・・・・



「走り続ける(どんなにキツクても歩かない)」という自分との約束。

30数年守ったのに、前の記事の様に先日破ってしまいました。


今日の朝のジョグ。

走る前から弱気。

(たぶん、今日も歩いちゃうんだろうな~)

気持ちがすでに負けていました。

案の定、10分ほどでいとも簡単に”歩き”に変更。

コースも2時間コースから、去年走っていた80分コースにチェンジ。



よく時代劇で、『一人殺すも二人殺すも・・・同じ・・』なんてセリフがあります。

長年の約束も一度破れば、あとは野となれ山となれ・・・ってなモンでしょうか。



(歩いても)それでもバテ気味。

不眠症で普段から4.5時間しかベッドに居つけません。(そのうち眠れるのは3時間くらい)

近頃は暑くて寝た気がしません、と云うか、寝ようとしていると起きる時間(3AM~4AM)になるから起きる。

(横臥しているのが苦痛なのです)

起きたらすぐ内職・・・・そして家事・雑用、数日おきにジョグ。



まぁしかし、せっかくだから、この際、”ウオーキング”も練習してみるか~。

よしんば、このまま走れなくなったとしても、ウオーキングで(何とかなる)、という事もある。

現に”今の私の走り”は、既に、”ウオーキング”と大差ないスピードに成り果てたのでありますから。


もし、秋冬になっても走りが改善されなければ、鞍替えしようかな。

既にボロ雑巾、もうこれ以上、恥を晒したくないし・・・・・


走り始めて40数年だけど、案外、ランニングより競歩のほうが才能あるかもしれないし。


(愚痴ブログで失礼しました)








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老いは醜い?・・近藤サトさん [終活]

かつての【音楽の正体】というTV番組、ご存じない方も多いと思います。

だいぶ前の深夜の時間帯でした。


近藤サトという、女子アナが担当でした。

興味深く面白く、毎週録画して見ていました。


その近藤サトさん。

今も個性的です。



近藤サト、“年齢に抗わない”生き方 東日本大震災で感じた「白髪染め」への違和感

https://www.oricon.co.jp/special/51423/



私は彼女に同感です。

「近藤サト」していますね。

いいオンナだと思います。

私も下手な文で同じ思いを何度か書きましたが、『若さにしがみつくのは“時代遅れ”』とか、『“年齢に抗うこと”が当たり前の風潮に違和感 』・・・その通りです。

やはりアナウンサーです。

言葉の選定が上手いですね。



『アンチ・エイジング』を自慢げに競う人々・・・それが何のためなのか理解できませんが、どうぞご勝手に。

ですが、”老い”は醜(みにく)いことなのでしょうか。

私は年相応に生きて死にます。

我が身が老いるほど新たに判かってくることも多く、私はそれが巧く出来ているというか、絶妙だなぁといつも感心しています。



(以下、上記のURL記事文です)


先ごろ放送されたドラマ『未解決の女』(テレビ朝日系)で、俳優・吉田栄作が“しょぼくれた”教授役を好演しネットで話題となった。同様に、元フジテレビアナウンサーの近藤サトは、最近は白髪を隠さないグレーヘアでTV番組に登場し、「和服が似合ってて素敵」、「なんかカッコイイと思った」といったと共感の声が集まっている。“変わらぬ美”といった幻想が重視される芸能界において、“年齢に抗わない”生き方を選んだワケを近藤に聞いた。

■若さにしがみつくのは“時代遅れ”だと思う


 近藤は4日、水曜レギュラーを務める『ひるキュン!』(TOKYO MX)で七夕の短冊に「白髪が増えますように」という願いを書いてネットで話題に。11日に50歳となった近藤だが、あえて白髪を隠さず、年齢に抗わない生き方を体現する生き様は多くの女性から共感を寄せられている。


「局アナ時代が第1ステージで、今は第2ステージ」と説明する近藤に現在のテーマを聞くと、「アナウンサーになった最初の頃は“百聞は一見にしかず”で、経験しよう、一生懸命挑戦しようって思いが強かった。それで第2ステージは、ある程度経験をしたっていう実感を伴いつつ、私の中ではもう“老後”なんです。だから今のテーマは“年齢に抗わない”ということです」と率直に語ってくれた。

最近、近藤の“白髪”が「カッコイイ」とネットでも話題になっていることについては「嬉しい」と笑顔。同時に「年齢に抗わないのは、若さにしがみつかないということ。若さにしがみつくのは“時代遅れ”だと思います」と述べ、「これまでいろんな経験を経て、それって馬鹿らしいなと思ったんです」と続けた。


なぜ「馬鹿らしい」と思ったのか、そこには2011年の東日本大震災の体験が影響しているようだ。  「最初は白髪がすごい嫌でストレスだったんです。ちょっとでも白髪が出たら染めなきゃって。でも、2011年に東日本大震災があって、その後に防災グッズを整理している時に白髪染めもバッグに入れようとして、ふと『これっておかしくないか?』と思って…。その時に“年齢に抗わない”という新しいステージが見えました」(近藤サト)

東日本大震災が自身の生き方を見直す契機になったのだという。白髪でメディアに出始めた当初は、事務所の社長に「60歳まではやめろ」とたしなめられた。しかし、「(メディアに出る)男性は白髪でもいいのに女性はダメだ」という固定観念を変えたくなったのだという。そして近藤は、「結局、女性も白髪を染めているだけなので、『それでいいのか?』って許容範囲を広げたいと思ったんです」と、“白髪のまま”でいることの理由を明かす。


■“年齢に抗うこと”が当たり前の風潮に違和感 「化粧してなくても魅力的だと言われたい」

 近藤が先陣をきったものの、メディアに出る女性で白髪の人は珍しい。その点について近藤は、「私は11日で50歳になりましたが、同窓会に行ってもここまで白髪なのは私だけ。でも、人に何を言われようが気にしなくなりました。『ハイハイ』って」と闊達に笑う。


「頑張って若作りしても、若い子にはバレるんです。『変わらないですね』は『変わったね』っていうこと(笑)。私が白髪でメディアに出るようになって、20代のスタッフに『かっこいいですね』って言われて、それはちょっと本音かなと思った。もちろん、白髪染めをしている人も素敵ですが、“白髪のまま”という、それぞれの価値観があっていいと思うんです」(近藤サト)


確かに、昨今は「年齢に抗うこと」が当たり前という風潮が根強くある。しかし、近藤は「私の年齢だと内面の美が顔に出てきちゃう、だから表面を綺麗にコーティングしても、内面がイケてない人はイケてなく映っちゃう」と説明。そして、「化粧してなくても魅力的だね」と言われることを目指していると語った。

■“生き方”が露呈するナレーターという仕事 「自分の声色や主観が番組に出る」

 現在、ナレーターとしての仕事を主戦場にする近藤は、「奥が深い仕事」だと率直に語る。そして、「言わば、ナレーターってTV番組の“影のフィクサー”みたいなもの」だと感じているようだ。 「声だけで番組のカラーを決定するので責任重大です。でも、ナレーターも優秀な方が山ほどいて、プロ同士がしのぎを削っている。しかもこの仕事は息が長く、80代や90代の現役の方もいて、仕事に対する気合も凄いんです」(近藤サト)

だからこそ、ナレーターとしての個性をしっかりと打ち出さなければ、すぐに埋もれてしまうのだ。そして「厳しい仕事ですが、楽しいのは自分の声色や主観が番組に出ること」だと強調する。例えば、ドキュメンタリー番組は作っている人の主観が出る。ナレーションも同様に、どう読むかで番組の見え方が変わるのだという。「その主観とは私の生き方そのもので、それが露呈するのはある意味怖いけど、とてもやりがいがある」と説明する言葉からは、“ナレーション愛”がにじみ出る。
近藤は、師匠である元NHKアナ・加賀美幸子から「言葉は人」と教えられた。つまり、声には“その人の人となり”がすべて出るものだという意識が強い。近藤は「だからこの仕事は難しいけど、とても楽しい」と語った。


■白髪のままでアナウンサーの仕事をやりたい

 節目の50歳となった近藤だが、これまでの人生を振り返った時に、「もう一度やり直したいこと」があるという。  近藤は、やや考えながらゆっくりと話し出した。「局アナ時代にニュースを7年間読んできて、『今だったらこうできるのに』と思うことがあります。時すでに遅しかもしれないですが、女性のアナウンサーやキャスターで白髪のヘアスタイルでニュースを読んでる人はいない。私じゃなくてもいいんだけど、誰かそういう女性アナウンサーがいたら、発する言葉が素直に受け取られるんじゃないかと思う」そう語る近藤の目は真剣そのもの。



「もちろん、20代の女性が読むニュースも美しいけど、白髪のアナウンサーが問題提起したら、その気持ちがより伝わることもあるのではないかと思っています。TVのドキュメンタリー番組で、縁側に座ったおばあちゃんに聞いた話がすごく心に染みることってありますよね、それは彼女たちが“ありのままの気持ち”を、“ありのままの姿”で語っているから。私も、そういうアナウンサーの仕事がどこかでできたらいいなと思っています」(近藤サト)








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